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暮らしとファッション
 一桁の番号をつけられた台風が日本列島に接近するなど、記憶をたどっても、ここ数年の事でしかない。確かな理由は知る術もないが、昨今の地球温暖化に何かしら因果関係があるように思えてならない初夏の昼下がり。

 洋服屋を営んでいながら十年前、二十年前を遡ると、季節毎の品揃えが大きく変わったことに気づく。異常気象といわれる近頃の四季の乱れは、もはや異常と感じなくなってしまうほど恒常的なことで、夏だから綿シャツとか、冬だからセーターなどの季節感は崩壊しているといって良い。くわえてエアコンや自動車の普及など生活環境の過度な向上は、人々から四季の感覚を消し去ってしまった。

 自然現象と暮らしぶりの変化は、日本のファッションを大きく変えているのである。

 夏は暑いので少しでも涼感を演出できるよう綿や麻のシャツが好まれ、やはり涼しげに見える色合いが街にあふれた。ところが昨今の価値基準は流行の色や形が優先されるもので、必ずしもそれが涼しげな着こなしとは限らないのだねえ。

 ファッションを楽しむのは本来、季節を感じて快適に過ごすところから始まり、社会生活の中でTPOが培われるべき。「先に洋服ありき」ではないはずだ。タケノコを見てコートを脱ぎ、カボチャを食べて半袖シャツに袖を通す。そんな衣食住が楽しめたら、もしかすると地球温暖化に歯止めがかけられるかも知れない。
| 洋服屋の洒落日記 | 08:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
本切羽
 かつて西洋文化が舶来したころ、英語やフランス語だった洋服の名称は巧みに日本語へ置き換えられた。不慣れなカタカナ言葉を使うより、和装や暮らしの中にあった単語のほうが、仕立て職人たちにとっては扱いやすかったのだろう。

 曰く「お台場」とは背広の内ポケットの仕立て方。「かぶら」とはパンツの裾の折り返し。「切羽」とは袖口のスリットを指していい、実際にボタン穴が開けられ、対になる袖ボタンを備えた仕様を「本切羽(ほんせっぱ)」と呼んでいる。

 ところで一年に数回、四季に応じた展示会が東京で開催される。おおよそ半年先に市場へ出る洋服を見定め、懇談や発注を行う催事であり、アパレルメイカーの一大イベントだ。全国の洋服屋のバイヤーが集い、まさしく喧々囂々を呈するのである。

 興味深いのはバイヤーやメイカーの、すなわちアパレル業界人が着用しているジャケットの袖。近年ではオーダーメイドのスーツが身近になった背景もあり、皆が申し合わせたように袖の端のボタンを一個だけ外している。さよう、本切羽仕様であることを誇示しているのだけれども、見回したところ全員が同じ格好になってしまうと、自慢効果は著しく減衰。むしろ滑稽に思えてしまうのだねえ。

 留めるべきボタンを外して着るのは本来、マナーに欠ける着こなしに違いない。来月の展示会では袖ボタンを留めて赴くとするか、うむ。
| 洋服屋の洒落日記 | 12:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
ビスポーク・テイラー
 考えてみると背広という言葉は興味深い。英国はロンドンのセビルロウと呼ぶ細い通りには、古くから名だたる仕立て屋が軒を連ねていて、王族や貴族、また軍人の毅然としたスーツをあつらえる職人が集まっている。

 彼らを「ビスポーク・テイラー」という。対話して仕立てるという意味の名前であり、着用する人物の目的や好み、着こなしなど、洋服に関して寸法にとどまらないアドバイスを加え、その人に最良の一着を提供する。いうまでもなく洋服にかかわる造詣は深く、その相談内容は食べ物や競馬、クルマなど趣味にまで及び、おおよそライフスタイルの御意見番といえる信頼感をそなえている。

 そんな彼らの店でを好むお客の側も顧客意識が強い。ひとたび気に入った店をみつけたら、ほとんど末裔まで営々と店を変えない。だから小さな店は、いたずらな拡大を目指すことなく何十年と続く。彼の地の紳士たちは、安易にタレントの真似をしたり、恣意的なファッション雑誌に踊らされるよりも、洋服屋と話して自分自身のスタイルを確立しようと考える価値観を美徳にしているのだねえ。

 明治以降、欧州の文化が融合した日本は後にアメリカ流儀へシフトし、玉石混淆の歴史をたどった。アイビー時代から岩国駅前で洋服屋として半世紀。日本流ビスポーク・テイラーになれると良いなあ。
| 洋服屋の洒落日記 | 12:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
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